スイッチ.6
6 西郷茂之
26歳、頑張って警察に就職した理由を改めて思い出して切なさにくれた。
生まれてから、小中高大、そして警察になってもなお、虐められた。
母さんはなんで僕を虐めたんだっけ。確か僕が生まれたせいで男に逃げられたんだっけ。
傷ついた物体を雑に扱うのに罪悪感なんてあるはずが無い。
親につけられた痣を見て、周囲の人間は僕を虐めていいものとして認定した。
誰も止めてくれないのには参ったなぁ。
頑張ってこの世にしがみついて大人になった。
こんな酷い虐めを無くすには、僕が正義の立場の人間になるしかない。そう思って警察になった。
それがどうだ。警察に虐められるなんて。警察の中にも正義なんて無かった。
その上、満足に食事をさせてもらえなかったからか僕は華奢な身体つきで、欲求不満が溜まっていた部長に何度かレイプ紛いのことをされた。
もう、希望も糞もない。
自分以外の人間の幸福が憎くて憎くて仕方が無かった。できることならば、今笑っている全員を殺してやりたいくらい。
クリスマス前、幸せそうな家族が歩いていた。あの娘さんをたった今殺したら、一体どんな顔をするのだろう。顔をくしゃくしゃにして、骨格が歪むまで悲しむのだろうか。
誰からも愛されなかった。その逆を考えれば大体想像がついた。
グレーのフード付きのトレーナー。腹の辺りのポケットに忍ばせた『スイッチ』。あらゆる人間が幸せに浮かれるこの時期、街中に爆弾を仕掛けるのなんて簡単だった。
目の前で蠢く大量のゴミ。誰も僕に気づかない。
自分の足元に最後の爆弾を置いた。これで終わる。僕が消えてなくなる。
スイッチを押すと遠くで、次は近くで爆弾が炸裂した。サラリーマンが二人、血を流して倒れていた。絶叫が絶望の喚きが響き渡る。まだまだ続く爆弾地獄。あと1分で僕もおさらばだ。
思わず大笑いしていると、足に子供がしがみついてきた。
「お兄さん、死んじゃダメ!!」
幼い声で必死に叫ぶ。
は?なんでこの子は僕が犯人だとわかった?
その理由はわからないが、涙が止まらない。初めて、死ぬなと言われた。
ああ、この子は優しい貴重な子だ。殺してはならない。
あと5秒子供を抱えた。
4秒走り出した。
321。跡形もなく消えたいから、最も強力な爆弾を設置していた。結局爆発に巻き込まれ、子供を抱えたまま吹き飛ばされた。
子供は守りきれただろうか。
僕は意識を手放した。