スイッチ.2
2 西郷の呪い
翌日の夕方、勉強を教えてもらうついでにまた西沢さんの協力をすべく交番を訪れた。今日は英数どっちをしようか。
「やぁ、みっくん待ってたよ。」
「協力してあげますから、今日も勉強教えてくださいね。」
「わかったわかった。さて、いきなりこっちの話になるんだけど…」
パソコンで何を調べているのか。西沢さんの眼鏡に四角い光が反射している。
「聞き込みから始めるんじゃないんですか?」
「いや、何となく昨日遊び半分で西郷の名前で検索をかけてみたんだよ。」
遊び半分って、何やってんだこの人。
「で、見せるということは何かあったんですね?」
「そう、とんでもないもの。ほら、見てみ。」
指さしていたのは真っ暗な画面。サイトの名前は『西郷茂之の慰霊所』。」
「これは…?」
「主に西郷を過去に虐めていた人間が書き込んでいるらしいんだ。」
「えー、『俺が悪かった。どうか見逃してください。お願いします。』…まるで懺悔みたいですね。」
「そうなんだよ。しかも少し西郷について詳しく書いた人間のIDはその先一度も現れていない。」
「まさか、恨みだとか呪いで殺された…と?」
「最近平和な街なんて言いつつ変死する人が続出してるんだ。つまりその変死者を辿れば情報は掴める。」
本気の目をしている。
「呪いでもなんでもないですから、おおよそ他殺でしょうね。」
「ん?みっくん、なんでわかるんだい?」
「…呪いなんてあるはずないですから。」
危なかった。
「んー、まあ呪いって線も考えていこうか。西郷について調べて…僕たちも変死しないよなぁ?」
「大丈夫ですって。」
「そっか、じゃあきっと大丈夫だな。」
「それじゃあそろそろ…」
にっぱり笑う西沢さんの顔面に今日も単語帳を押し付けてやった。
午後6時のくせに暗い空。これだから日の長くない季節は嫌いだ。あれから結局集中できずに少し早めに切り上げた。妹…佳己はまだ部活だろう。玄関を開いてもきっと誰もいないはず。そう考えて歩いていると、後ろから肩を叩かれ思わず変な声が出た。
「…んだよ、兄貴か。」
「驚かせてごめんな。なあ未来、今日も西沢さんに世話になってたんだろ?」
「いーや、世話してやってんだよ。」
「それも知ってるさ。未来は優しいもんな。」
頭をぽんぽんと撫でてくる。褒めてるつもりか。それとも嫌味か。腹が立って手を払い除けた。
「っ…。とにかく、調べるのはいいけど、本当に気をつけるんだぞ。特に交番の奥。男がずっと見てた。」
「わかりやしたよ、千里眼様。」
ほんとになんだよ千里眼って。便利なもんだ。
「僕は未来の力が羨ましいよ。」
「ふん…」
こっちもろくなことないんだぞ。未来予知なんて。
「さぁ、帰ろう。今日の夕飯は」
「佳己の大好きなオムライス。」
「正解。」
「さーて、僕もそろそろ帰ろうかな。」
記憶が戻るまでの仮屋。そこで今は暮らしている。ここから割と近くの古いアパート。不自由なく生活している。
パソコンをシャットダウンした瞬間、後ろから話しかけられた。
「西沢くん、何を調べているのかね。」
「あ、部長。お疲れ様です。えー、西郷茂之という男について気になったので個人的に調べてみているのですよ。」
妙な予感がするからわざとヘラヘラしておいた。
「そうか。…今すぐ止めなさい。命令だ。」
低い声でそう言われた途端鳥肌が立った。前にもこんなことがあったような。圧をかけてくる部長の目。恐ろしいと思うと同時に『絶対に調べなくてはならない』と直感した。
本当に極秘になるかもしれないな。みっくんにも少し迷惑をかけてしまうだろう。でも心は勝手に真実を解き明かそうと決意していた。今晩中に聞き込みの相手に目星をつけておこう。