神様アンケート.2
「祐樹様ー!」「祐樹様ー!」
民衆の歓声を背に1人の聖人が街を歩く。
柳田祐樹。今年で26歳となる彼は数年ぶりに誕生日を心待ちにしていた。
『神様と共にこの地に舞い降りた神の使い』
その舞い降りた日が自分の誕生日なのである。あの時はまだ3歳で、神様の顔は思い出せない。どんなお姿、どんな声。憧れていたその人をとうとう拝むことが出来る。
「さぁ、民衆の皆様。今月のアンケートです!」
今日も声高らかにひとりひとりに1枚1枚丁寧に配布した。
教祖のいる我が家に帰ると、早速1枚の紙が目に付いた。
「祐樹様、あなたの分のアンケートです。ペンもすぐそこに。」
「ありがとう、源川教祖。」
少し苦手な万年筆で解答する。
『あなたは神様を信じますよね?』
yesかnoか。
noと答えたならば国外追放。
yesならば安心した暮らしを今月も保証される。
「祐樹様、もうすぐお誕生日ですね。」
「ああ。神様に会えるんだ。楽しみで仕方ないよ。」
源川教祖は育ての親だ。あの日神様と別れた後、この家に来た。詳しいことは曖昧だが、何となくその日はどうしてもハンバーグが食べたかったということはなぜか覚えている。
『ここでは和食が基本でございます。』
なんて言われたっけな。おかげで和食以外は見たことがない。
しかし源川を恨んではいない。教育もしてくれた。神様という素晴らしい存在を教えてくれた。不便ない暮らしを与えてくれた。それだけで本当に感謝でいっぱいなのだ。
「源川教祖、今朝この国から何か飛んでいきましたが、あれは一体何というものですか?」
「あれは天罰というものです。」
「そうですか。誰か悪いことをしたのですね。」
悪さをしたら怒られる。当然のことだ。
神様アンケート.1
『お母さん、今日の晩ごはんはなあに?』
穏やかな黄昏時。柳田尚子はこの日も物思いに耽っていた。巨大な宗教団体『ノーデル』に息子と娘が拐われてからもう23年になる。2人が生きているのなら、今年で26歳となる。酷い目には遭っていないか、ちゃんとご飯は食べているのか。心配だけが募り募って癒されることはない。
夫はあの日、奴らに立ち向かい男1人を殴り飛ばしたところで他の奴全員に銃で射殺された。無念だっただろう。自分だって悔しい。
『山田アナ、現場は今どういう状態でしょうか。』
「はい、ミサイルの落下した地点は焼け野原。銀行など頑丈な建築物しか残っていません。」
『彼らは一体何を目的として我々を攻撃するのか。全てが謎に包まれています。以上、本日のニュースでした。』
平和主義、倫理観。そんな薄っぺらい正義を盾に国は全く今となっても動かない。
二人の顔が頭をよぎり、司会者が登場した騒がしいバライティ番組を無表情で消した。
未来予報士.1
蝉がうるさいよくある夏。夏休みが一ヶ月後に迫っていた。しかし彼にそんなことは関係ない。ただの平日、朝からヘッドホンをして音楽を聴いていた。自分のベッド。自分の部屋。
春に起きたあの事件がきっかけで、16歳になる頃には不登校になっていた。
時渡未来。今日もお気に入りのフード付きのトレーナーを着ている。
1 不審者現る
誰もいない家で1人、インスタントラーメンを食べていた。考え事をしていたら少しのびて不味い。兄貴が作ってくれるのは絶対に美味しいのに、こんな小さなことでも差をつける気か。
はっきり言って、兄貴のことはこの世で一番嫌いだ。と言うより、妹と親友以外の人間は要らない。俺のことをちゃんとわかってくれるのは妹とそいつだけなんだ。
しかし、不登校のままというのもやはり問題だ。どこかで心機一転したいが、機会と勇気がない。
大きめのため息を吐くと、二階から足音が聞こえた。今家には俺しかいない。なんだ、強盗か?とりあえずフライパンを構えて階段を上った。
足音がしたのは俺の部屋だ。よりにもよってちくしょう。お下がりなりに高いノートパソコンが無事なことを祈る。
「誰だそこにいるのは!」
ドアを思いっきり開いて大声で言った。
「やぁ。こんにちは。」
ドアの開く音にも臆せず、奇妙な奴がテーブルの前に座っていた。
夏なのに分厚いベージュのコート。深く被った赤のキャスケット。
声から女だろうとわかったが、正体は全くわからない。
「僕は未来予報士の千世(ちよ)。君を最もいい未来に導くために10年後から来たんだ。」
ほぉ。最もいい未来ね。
「まるで俺には未来を選ばせるつもりは無い。そういうわけだな?」
図星だろうか。言葉に詰まる。
「まぁなんでもいいよ。とにかく帰れ。俺にはいい未来なんざ来ねぇよ。」
「そんなことは無いよ!」
突然千世が叫ぶ。少し驚いた。
「…10年後から来た証拠を見せろ。そうすれば信用してやらんでもない。」
「君がそう言うとわかってたから。ほら、このお菓子のラベル見てよ。」
「…2026年…。」
「そのお菓子、結構もちが良くてね、来年まで食べられるんだよ。すごいよねー。
どう?信じる?」
少しムッとして他にも見せろと言ってみた。
すると、それも想定済みだと電車の定期、見たこともない写真、カレンダー。あらゆるものを出してきた。
信じる他無いようだ。
しかし、どうやってタイムスリップなんて。
佳己ならまだしも。
「タイムスリップの仕組みは詳しく言えないけど、10年後にはそんな技術もあるんだよ。」
それも想定済みか。
家族が帰ってきて、どうコイツについて説明しようか迷っている間に家族に溶け込みやがった。どんなコミュ力してんだよコイツ。
「あ、未来!明日は学校に行ってみようか!!」
笑顔俺に向かって声をかけてきた。
女だから殴らないが、一体どういうつもりだ。
スイッチのほんとのあとがき
この人が西郷茂之さん。
はい、本当の作者鳥川です。スイッチ、いかがでしょうか。よく聞く『本当に酷い話』をなるべく一人に押し付けてみた結果といえば、西郷さんに悪いですね。
実は元々彼は未来がグレーのフード付きのトレーナーを気に入って着用する理由をかっこよくするために生み出されたモブでした。
なるべく未来の視点で書いてるのにも理由がありますが、また後々の話でそれは明かしましょうか。
ほんとのあとがきと付いているもの以外はすべてHEROESの世界です。稚拙な文だと油断せずに、これからもお楽しみください。
スイッチ.7
7 あとがき
『この話を含め、これから語るのは俺達が取材した事実、いわゆるドキュメントです。今回のスイッチは編集の時渡現本人とその弟が体験した、これからのヒーローたちが現れる元となった出来事でした。西郷茂之さんや爆破テロの犠牲者の御冥福をお祈りしています。
作者 日野陽介』
『若い頃の苦い記憶の一つがこの出来事です。巡り巡って陽介君とペアで小説を発行しておりますが、彼について早速語ることが出来て良かったです。ここから先は事実か疑うような事がたくさん起こりますが、ヒーローたちの生きた歴史をどうか見守って見てください。あ、僕の千里眼も嘘ではないことを覚えていてくださいね。
編集 時渡現』
不思議な本に出会った。各話が終わるごとに作者と編集のあとがきがついている謎仕様。
昨年亡くなった曾祖父さんからと祖父母から渡された26歳の誕生日プレゼント。坂本紡は頭を抱えていた。2015年なんて、今から86年も前のことだ。何なら登場人物の西郷が事件を起こしたのが26歳というのが気持ち悪い。同じ歳だから読ませたのか?嫌味なことをするもんだ、曾祖父さんよ。
絶対に読みなさいと念を押されていたため、仕方なく次のページを開く。
題名は『未来予報士』。
スイッチ.6
6 西郷茂之
26歳、頑張って警察に就職した理由を改めて思い出して切なさにくれた。
生まれてから、小中高大、そして警察になってもなお、虐められた。
母さんはなんで僕を虐めたんだっけ。確か僕が生まれたせいで男に逃げられたんだっけ。
傷ついた物体を雑に扱うのに罪悪感なんてあるはずが無い。
親につけられた痣を見て、周囲の人間は僕を虐めていいものとして認定した。
誰も止めてくれないのには参ったなぁ。
頑張ってこの世にしがみついて大人になった。
こんな酷い虐めを無くすには、僕が正義の立場の人間になるしかない。そう思って警察になった。
それがどうだ。警察に虐められるなんて。警察の中にも正義なんて無かった。
その上、満足に食事をさせてもらえなかったからか僕は華奢な身体つきで、欲求不満が溜まっていた部長に何度かレイプ紛いのことをされた。
もう、希望も糞もない。
自分以外の人間の幸福が憎くて憎くて仕方が無かった。できることならば、今笑っている全員を殺してやりたいくらい。
クリスマス前、幸せそうな家族が歩いていた。あの娘さんをたった今殺したら、一体どんな顔をするのだろう。顔をくしゃくしゃにして、骨格が歪むまで悲しむのだろうか。
誰からも愛されなかった。その逆を考えれば大体想像がついた。
グレーのフード付きのトレーナー。腹の辺りのポケットに忍ばせた『スイッチ』。あらゆる人間が幸せに浮かれるこの時期、街中に爆弾を仕掛けるのなんて簡単だった。
目の前で蠢く大量のゴミ。誰も僕に気づかない。
自分の足元に最後の爆弾を置いた。これで終わる。僕が消えてなくなる。
スイッチを押すと遠くで、次は近くで爆弾が炸裂した。サラリーマンが二人、血を流して倒れていた。絶叫が絶望の喚きが響き渡る。まだまだ続く爆弾地獄。あと1分で僕もおさらばだ。
思わず大笑いしていると、足に子供がしがみついてきた。
「お兄さん、死んじゃダメ!!」
幼い声で必死に叫ぶ。
は?なんでこの子は僕が犯人だとわかった?
その理由はわからないが、涙が止まらない。初めて、死ぬなと言われた。
ああ、この子は優しい貴重な子だ。殺してはならない。
あと5秒子供を抱えた。
4秒走り出した。
321。跡形もなく消えたいから、最も強力な爆弾を設置していた。結局爆発に巻き込まれ、子供を抱えたまま吹き飛ばされた。
子供は守りきれただろうか。
僕は意識を手放した。
スイッチ.5
5 決着
アパートカルラン。いかにも古いアパート。そこに西郷町子は住んでいた。
カタンコトンと一人がやっと通る幅の階段を上る。204の番号を探す。ありえない事だが、いっそ見つからないでほしいくらいだった。
「ここだ…」
気のせいだろうが、なんだか重苦しいオーラを感じた。
「さっさとアルバムを貰って帰りましょうよ…」
「それは時と場合だよ、みっくん。」
インターホンを鳴らす。
「はい。」
今までと違い涼しい顔をして出てきた。嘘だろう。そう思うしかない。
兄貴は外で待つことにした。ちょっと気になることがあるらしい。
「狭いですが、その辺の椅子に座ってくださいな。アルバムを持ってきますから、適当に待っててください。」
素っ気ない。あまりにも冷たい。歳のせいで入ったほうれい線。下がった口元から多分嫌な奴だとわかった。
「やっぱりさっさと帰りましょうよ…」
コソコソと話す。
「私も早く帰ってほしいのですが?」
聞こえていたのか嫌味を言われた。やっぱり嫌いだ。
「それじゃあ早く渡してください。すぐに帰りますから。」
「こら、みっくん。」
「やっぱり嫌ですよこんなところ。」
部屋を見渡す。やけに散らかっている。たたんでいない洗濯物。散乱したままの雑誌。
部屋の奥に写真が貼ってあったが、ある男と写った写真ばかり、西郷の写真は一枚も無い。
「はい、これです。では早く出ていってください。」
ビニール袋に適当に入れられたアルバム。扱いがあまりにもぞんざいだ。
こちらから出ていってやった。
「おかえり、早かったな。」
「嫌なおばさんだったよ。」
「そうか。早く帰ろう。」
西沢さんの家に向かう。
いっその事だ。あえてこんなことを西沢さんに聞いてみた。
「そう言えば、警察官の制服の西っていう字、やけに古ぼけてましたよね。」
西沢さんは首を傾げていたが、兄貴は察したのだろう。目を伏せた。
とうとう西沢さんの家に帰ってきた。3人で粗末なカーペットにアルバムを囲んで座った。
腹が痛くなってきた。
「じゃあ、早速見てみようか。」
神無崎高校。近くの県立高校。3年5組5番。確かに、まるで死んだかのような目をした明らかに雰囲気の違う男子生徒がいた。これが西郷茂之…。
「うわあああああああああ!!!!?」
西沢さんが驚いてアルバムを放り出してすごい勢いで後ずさった。
「…。」
何も言えない。
「嘘だ…なあ…嘘だろう?」
「…。」
兄貴ももう黙るしかなかった。
「なんとか言ってくれよ!!なあ!!!」
本当は俺たちは知っていたのだ。
「西郷茂之は…僕だったのか…?」
記憶喪失の警察官の西沢英一なんて、この世に存在していなかった。今まで仲良くしていた幼い頃からよく知るこの男。彼こそまさに西郷茂之なのだ。
そしてもうあの日から西郷茂之も存在していない。記憶が消えたのだ。西郷茂之は死んで、西沢英一としてこの10年間生きていた。
無言のまま、もう一度アルバムを開く。この顔だ。ここ最近毎日見ているよく知った顔。
気が動転した西郷は早く警察を呼べ、早く殺せ、僕がテロ犯だと叫び続ける。
しかし、
「…どうして、警察は記憶の無いあなたを世間に吊るし上げなかったと思います?」
「…なんでだよ…」
「西郷茂之が警察だったからです。警察がテロを起こしたなんて、世に知れ渡ったらどうなると思いますか。信用はガタ落ち、不信感が日本を覆うのです。」
「つまり…」
「あなたは、西郷茂之はお偉いさんのメンツを守るために、存在を抹消されていたんです。」
「どうして二人は全部知っていて黙ってたんだよ!!」
すさまじい罪悪感が這い上がってくる。でも言うことは一つだった。
「俺たちはあなたが大好きだったからです。西郷茂之としてのあなたも、西沢英一としてのあなたも。」
この言葉が、あの西郷茂之本人に届かないのが辛い。
「警察に行く前に、インターネットであなたがテロ犯、西郷茂之だと公言しましょう。警察に嘘をつかせるわけにはいきません。西郷茂之の本当の目的のためにも…。」
「本当の目的…?」
「俺は、『虐めの根絶』だと思っています。頑丈な壁はとんでもない方法で壊すしかないのですから…。」
翌日、情報を公開してから世間は大騒ぎ。嘘をつく間もなく、西郷は牢に入った。本人の意思もくんで、明日には死刑を決行するらしい。皮肉にも方法は首吊りだが。
昨日冷静なフリをして堰き止めていた涙がボロボロと溢れ始めた。
あわよくば、このまま一生思い出さないで、第二の人生を幸せに生きて欲しかった。でも、全ての自由が効かなかった西郷の願いの一つ叶えてやりたかった。だから真実を知ろうと動き出したらなるべく協力しようとは思っていた。
兄貴が優しく抱きしめてくれた。いつもなら振りほどくのだが、今日だけは本気で甘えることにした。
明日死ぬ。首を吊ってこの世から消される。牢に入ってからずっと考えているうちに少しずつ思い出してきた。理不尽なまでに不幸な人生。確かにたくさんの虐めを受けた。誰からも愛されなかった。嬉しいなぁ、みっくんもお兄さんも僕のことを悔やんでくれて。でも、僕はたくさんの人をほんの数分で殺した。死ぬだけで償えるはずがない。
僕ができることは死ぬこと。それ以上も以下もない。
地球も時計もくるくる回る。気がつけばもうその朝が来ていた。看守がやって来た。何か言われる前に立ち上がる。
向かったのは静かな部屋。縄の輪が吊り下がる。
「最後に言い残すことはあるか」
少し考えた言葉が上手くまとまらない。死の間際の拙い言葉だが、どうにか声に出した。
「これからの世代が、虐めも虐待も無い、平和で幸せな世界を作って行くことを願っています」